Friday, May 2, 2025

九州の背骨とも呼ばれる祖母・傾山系。その山々に棲んでいたツキノワグマは、かつてこの地の生態系の頂点に君臨していた。しかし1987年、祖母山で一頭のクマが捕獲されたのを最後に、彼らの姿は確かに記録されることはなくなった。そして2012年、環境省は九州のツキノワグマを「絶滅」と正式に認定するに至った。

九州の背骨とも呼ばれる祖母・傾山系。その山々に棲んでいたツキノワグマは、かつてこの地の生態系の頂点に君臨していた。しかし1987年、祖母山で一頭のクマが捕獲されたのを最後に、彼らの姿は確かに記録されることはなくなった。そして2012年、環境省は九州のツキノワグマを「絶滅」と正式に認定するに至った。

この山域では、江戸から明治、そして昭和初期にかけて、クマは毛皮や薬用のための狩猟対象であり、容赦なく追われ続けた。乱獲の波は彼らの数を急激に減少させ、戦後にはすでにその生息が疑問視されるようになっていた。1970年代以降、わずかに残された目撃情報や痕跡は、まるで過去の記憶が残した幽かな囁きのようだった。

注目された1987年の捕獲個体は、DNA解析の結果、本州から持ち込まれた可能性が浮上した。つまり、それ以前に九州固有の個体群はすでに滅んでいたのかもしれないのだ。しかし、山の民は語り継ぐ――「祖母山にはまだクマがいる」と。霧に包まれた谷間に現れる足跡、砕かれた樹皮、押し潰された下草。そのひとつひとつが、亡霊のように伝説を支えている。

今日、この地域は国定公園として守られ、ニホンカモシカやヤマネなど希少動物の避難所となっている。けれどツキノワグマの消失は、山の静寂に一つの空白を刻みつけた。その不在の気配こそが、かえって存在の記憶を強く残すのかもしれない。祖母・傾山の深き森には、今も熊の夢がひっそりと息づいているのだ。

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