焼却炉は小さくなるか――1995年、制度と現場の狭間で
1995年春、日本社会はバブル経済崩壊後の不安定な経済基盤の中で、環境政策と地域産業の現場のバランスを模索していた。とりわけ廃棄物処理の分野では、急増するゴミと逼迫する処分場、そしてダイオキシンに代表される新たな環境リスクへの対応が課題となっていた。政府が進めていた「焼却重視」の方針は、ゴミの減量・減容化には有効だったが、その代償として公害防止設備の整備や、住民への説明責任が重くのしかかっていた。
こうした中で開かれた座談会では、4者(自治体の環境担当者、焼却炉メーカーの技術者、廃棄物処理業者、大学の環境工学研究者)が一堂に会し、小型焼却炉の現状と未来について語り合っている。
発言者たちは、当時の「大型炉偏重」の政策と、現実に求められる「分散型・小規模対応」との間にあるギャップを次々と指摘した。とりわけ、都市部を離れた中山間地域や中小事業者にとっては、10トンを超える大型炉よりも、1日1トン未満の小型炉の方が現実的であり、経済的でもある。だが、法制度はまだその多様性を十分に認めておらず、「無許可設置」「公害懸念」「法のグレーゾーン」といった問題が頻発していた。
大学研究者は「これまでの行政は"焼却=悪"という単純な構図で対応してきたが、それでは地方の実情に即した技術革新が進まない」と指摘し、「求められるのは、性能基準と結果責任による柔軟な制度だ」と述べている。一方、メーカー技術者は「我々中小企業が独自に開発した小型炉は、安価で燃焼効率もよいが、制度面で不利な立場に置かれがちだ」と苦悩を語った。
座談会では、1995年当時の深刻な処分場不足(埋立可能年数あと1.7年)と、ISO14000の導入を目前に控えた企業の環境責任意識の高まりも議論された。廃棄物処理の現場は、単なる処理の問題を越えて、地域経済・技術革新・制度改革という複層的な問題群に直面していたのだ。
この座談会は、ゴミの問題を「量」の問題ではなく、「どう焼くか」「誰が処理するか」「どこで完結させるか」という質の問題へと転換しつつあった1995年の、ある種の象徴であったと言える。日本の環境政策は、まさにこの年を境に、中央集権的なモデルから、地域主導の技術と制度のハイブリッドへと舵を切ろうとしていた。
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