Wednesday, July 30, 2025

資源循環の街角から――千葉市のリサイクル革命・1995年4月

資源循環の街角から――千葉市のリサイクル革命・1995年4月

1995年の千葉市は、自治体がごみと向き合う姿勢を根本から問い直す都市であった。大量生産・大量消費・大量廃棄という時代の終焉を迎え、日本社会は新たな循環のかたちを模索していた。その先頭を走ったのが、千葉市の「資源循環型都市」への挑戦だった。

同市では、紙、プラスチック、瓶・缶といった素材別の分別収集を徹底。各地域に設けられたリサイクルステーションでは、市民が自ら分別し、持ち込む仕組みが整えられていた。その風景は、単なるごみ処理の場ではなく、地域の環境意識が交差する「街の接点」として機能していた。

注目すべきは、行政だけでなく民間事業者との連携である。再生処理の効率化を進め、資源としての「ごみ」を再び社会へ循環させる仕組みを構築。焼却や埋立に頼らないこの姿勢は、全国的に焼却炉増設が進められていた当時、異例の判断だった。

背景には、ISO14000導入の機運や、容器包装リサイクル法を見越した動きがある。さらには、処分場の逼迫という切実な事情も千葉市を突き動かした。平均残余年数1.7年という数字は、行政に持続可能な方策を迫った。

そして何より、市民の意識が変わり始めていた。「ごみは自分たちで減らすもの」という新しい価値観が浸透しつつあり、分別の習慣化とともに、ライフスタイルそのものに環境を取り入れる流れが芽生えていた。

千葉市の試みは、行政と住民、そして企業が交わる、循環の実践現場であった。その姿勢は、ゼロウェイストやSDGsへとつながる先駆的な営みとして、現代にも多くの示唆を与えている。1995年、その街角には、持続可能な社会への入口が確かに開かれていた。

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