繊維の船が焼かれるとき――FRPと焼却炉の交差点・1995年4月
1995年春、日本は大量生産・大量消費の時代を抜け、廃棄物処理の転換点に立たされていた。軽くて腐食しないFRP(繊維強化プラスチック)は漁船やプレジャーボートに広く普及していたが、廃船の処理が困難で不法投棄が社会問題化していた。1994年には全国で1573隻の廃船が確認され、うち約40%がFRP船だった。こうした中、長崎市では三菱重工が、下関市では地元企業グループがFRP専用の焼却プラントを開発し、低温でガラス繊維を残しつつ有害物質の発生を抑える技術を実証した。
この動きは、翌年に迫るISO14000の導入と連動しており、製造から廃棄までの環境責任が企業に求められる時代の到来を示していた。一方、特集された小型焼却炉市場も注目された。ゴミ焼却率はすでに73%に達し、最終処分場の残余容量はわずか1.7年。中小企業が手がける焼却炉の需要が高まる一方で、環境基準への対応や装置の性能向上も急務とされた。再利用と焼却、規制と民間技術、その交差点に日本の環境政策があった。
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