**転換期のまなざし――環境民主主義の胎動と市民社会の目覚め(1995年4月)**
1995年4月、バブル崩壊の余波が残る中で、日本各地では新たな社会的課題が浮上し始めていた。経済成長一辺倒から環境共生へ、国や自治体、市民社会の姿勢が揺れ動く時期である。そんな時代背景の中、神奈川県秦野市では焼却炉建設を巡る市民との対立が表面化。行政は「クリーンセンター構想」と銘打ち、焼却炉の安全性や地域貢献をPRしたが、住民側は健康被害や土地価格の下落を懸念し、激しく反発した。議会も揺れる中で、行政は「説得型」から「対話型」へと姿勢を転換せざるを得なかった。
一方、千葉市では市民によるリサイクル活動が注目を集めていた。地域住民が管理するリサイクルステーションや、素材別収集による高い再資源化率など、「資源循環型都市」を目指す取り組みは全国に先駆けるものだった。こうした動きは、単なるごみ処理技術の問題にとどまらず、市民参加による自治の質を問うものでもあった。市民が環境問題の主体となり、行政との協働関係を築く――そうした「環境民主主義」の萌芽が、確かにこの時代に見て取れる。
秦野市の苦悩と千葉市の挑戦は、環境行政の過渡期における両極の姿を映し出す。ひとつは制度の限界に直面し、他方は市民の力によって新たな制度を切り拓く。いずれも1995年という時代がもたらした、環境と民主主義の交差点である。
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