都市と農地のせめぎあい――横浜市緑区・1995年4月
1995年当時の横浜市緑区では、都市開発と農地保全との間で激しい綱引きが続いていた。高度経済成長期を経て、首都圏の住宅需要が高まり、横浜市も例外ではなく、緑区は宅地開発の最前線にあった。とくに鉄道延伸や幹線道路整備に伴い、農地が次々と住宅地へと姿を変えていった。しかし、もともとこの地で代々農業を営んできた地元農家の人々は、開発による圧力に加え、相続税や農業従事者の高齢化という課題にも直面していた。市は農地の保全と有効利用を両立させるべく、都市農業振興計画を打ち出し、市民農園や緑地保全制度を導入したが、開発業者との利害調整や制度の運用には多くの困難が伴った。一方で、都市住民の間には「身近な農の風景」を守ろうという動きも芽生え、環境保全や食の安全に対する意識の�
�まりと相まって、農地を都市生活の一部として再評価する機運も見られた。こうした動きは、単なる土地利用の問題ではなく、都市と農の関係性を問い直すきっかけともなり、緑区における「農のあるまちづくり」は、全国の自治体にとっても注目のモデルケースとなっていった。都市化の波にさらされながらも、地域の自然と暮らしをどう守るかという問いが、今もなおこの地で継続している。
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