Thursday, July 31, 2025

塚本邦雄(歌人)――前衛短歌と戦後日本の精神の反照

塚本邦雄(歌人)――前衛短歌と戦後日本の精神の反照

塚本邦雄(つかもと くにお、1920年~2005年)は、戦後日本の前衛短歌運動を牽引した歌人であり、伝統的な和歌の形式を保持しながらも、その内容において徹底的に近代的・反時代的な美意識を打ち立てた特異な存在です。昭和46年(1971年)当時の日本社会は、高度経済成長のピークを迎えつつあり、庶民生活は豊かになった反面、精神文化の希薄化や政治不信、学生運動の衰退といった価値の揺らぎが広がっていました。そうした中で塚本の歌は、時代の浮ついた空気に対する強烈な対抗を示していました。

塚本は戦後、伝統和歌の抒情性や自然賛美から脱し、人工性・耽美・異端・毒・死・性といったテーマを短歌に導入し、特に雑誌『短歌研究』『個性』などで異彩を放ちました。彼の代表作『水葬物語』(1954年)、『感幻楽』(1961年)、『歌人』(1971年)などには、現代人の孤独と渇望が、過激かつ精緻な言語によって表現されています。「現代という不快な現実を、言葉の魔術でねじ伏せる」ような語法が、当時の知識人や若い文芸青年に熱狂的に支持されました。

1971年当時、塚本は『詩歌句』のような芸術表現の純粋性を希求しつつ、テレビ・大量消費・資本主義の波に飲まれていく戦後文化を見据え、華麗かつ批評的な言語で詩を紡ぎ続けていました。とりわけ同世代の中でも、寺山修司とともに「短歌の異端児」として並び称されることもありましたが、寺山が大衆芸術や映像に傾斜していったのに対し、塚本はあくまで「純文学」「純短歌」の領域に踏みとどまり続けたのです。

昭和46年は、安保闘争が沈静化し、高度経済成長の"成果"が国民に届き始めた年でした。しかしそれはまた、短歌にとって危機の時代でもありました。伝統詩型が「古臭いもの」として見捨てられつつある中で、塚本はあえて短歌というかたちにこだわり、古典語法や文語体、漢語的な修辞を駆使して、逆説的に現代の感性を切り取るという創作姿勢を貫きました。

彼の歌は、たとえば――

美しき死者の乳房を思ひつつわれは冷えたるコーヒーを飲む

というように、美と死、性愛と疎外、宗教的象徴と現代的空虚が交錯する文体をもって、日常の皮膚を裂くように読者に迫ります。このような作品群は、消費社会が加速する1970年代初頭の日本にあって、忘れられた死の気配や精神の空白を可視化する役割を果たしていたといえるでしょう。

塚本邦雄の短歌は、昭和46年という分水嶺において、戦後日本の精神史のひとつの断面を鮮烈に刻み込んだものだったのです。

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