Thursday, July 31, 2025

転換期のまなざし——環境民主主義の胎動と市民社会の目覚め(1995年4月)

転換期のまなざし——環境民主主義の胎動と市民社会の目覚め(1995年4月)

1995年4月、日本はバブル崩壊後の不況の只中にありながら、経済的復興の模索と並行して、市民社会の成熟と環境意識の深化が進んでいた。かつての高度経済成長を支えた「開発優先」の価値観が揺らぎはじめ、「持続可能な社会」「循環型社会」といった新たな理念が、行政や地域社会、さらには企業の活動において次第に前景化してきた。

この時期、1992年の地球サミット(リオ・サミット)の影響も残る中、日本の地方自治体では、環境問題に取り組む具体的な施策が本格的に始動していた。例えば、千葉市では地域住民とともに管理するリサイクルステーションが注目を集め、資源循環型都市としてのモデル構築が目指された。一方、神奈川県秦野市では、ごみ焼却施設の建設をめぐって、市民と行政との間に緊張が生じた。健康被害や土地の価値低下といった生活に直結する不安が住民の口から噴き出すなか、自治体は「説得型」から「対話型」の手法へと政策転換を余儀なくされた。

これらの動きは、単なるリサイクル技術や施設整備の問題ではない。そこには、行政と市民との関係性の質的変化を象徴する新しい思想の芽生えがあった。政策決定の過程における「合意形成」の重要性、そして「情報公開」と「説明責任」という概念が広まりつつあったこの時代、環境問題は単なる科学技術の問題ではなく、社会的・倫理的・文化的課題へと拡張していった。

また、当時はダイオキシンや環境ホルモンなど、新しい形の環境リスクが注目されはじめており、市民の環境に対する感受性はますます高まっていた。科学的な不確実性と市民の不安の狭間で、政策形成が揺れる構図は、まさに「環境民主主義」の出発点とも言える。

このように1995年春の日本は、「経済効率」から「持続可能性」へと価値の軸が動き出した過渡期であり、その変化の兆しは、リサイクル施策や焼却炉をめぐる議論の中に、静かに、しかし確かに息づいていた。

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