Thursday, July 31, 2025

繊維の船が焼かれるとき――FRPと焼却炉の交差点・1995年4月

繊維の船が焼かれるとき――FRPと焼却炉の交差点・1995年4月

1990年代半ば、日本は高度経済成長の残り香と、環境意識の高まりの間に立たされていた。軽量で耐久性に優れるFRP(繊維強化プラスチック)は、漁船やプレジャーボートに広く普及し、全国で40万隻以上が稼働していたが、老朽化による廃棄問題が深刻化していた。特に、FRP製船体は金属のように簡単に解体・再利用できず、不法投棄という形で自然を蝕んでいた。1994年には全国で1573隻が投棄され、その約4割がFRP船だった。

この現実に対し、長崎市では三菱重工が、下関市では地元の異業種企業グループが、それぞれFRP廃船を処理する焼却プラントの実証試験を開始した。長崎のプラントでは700度の低温加熱によって樹脂をガス化し、ガラス繊維を損なわずに処理する技術が導入された。タールや悪臭の発生を抑え、焼却炉自体の損傷も防ぐ仕組みである。一方、下関の装置は、船体を艤装ごと焼却できる仕様で、残ったガラス繊維は舗装材に再利用されるという。移動可能な設計や低燃焼コストも含めて、地方発の高度な技術が注目を集めていた。

この技術開発の背後には、ISO14000の導入が目前に迫っていた。環境配慮が国際規格として企業に突きつけられるなか、船舶製造や漁業関連企業に対しても、製品のライフサイクル全体への責任が問われる時代が始まろうとしていた。

一方、同時期の特集では、小型焼却炉市場の将来展望も扱われていた。当時、都市ゴミの73%が焼却処理され、処分場の残余容量はわずか1.7年分。再利用と減容化が急務とされる中で、安価で簡便な小型焼却炉が地方自治体や中小企業に導入されつつあった。しかし、設置の自由度の高さが裏目に出て、公害防止装置の導入や環境基準への準拠が課題となっていた。

FRP廃船と小型焼却炉――このふたつの技術領域の交差点には、過去の成長の遺産と未来への責任が重なっている。大量生産・大量廃棄の世紀を越え、1995年の春、日本は技術と制度のはざまで、静かに転換期を迎えていた。

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