天空に閉ざされた魂―資本論・疎外・19世紀
マルクスは、資本主義の根底に潜む「疎外(エンフレムドゥング)」という現象を通して、労働者が自らの生産物、労働、そして人間としての本質から引き離される過程を描いた。工場制度が拡大した十九世紀の産業革命期、労働はもはや創造的な営みではなく、資本家の利益を増殖させるための機械的な手段に変わった。労働者は自分の作り出した商品を所有できず、それは資本のもとに支配される「他者のもの」として立ち現れる。このとき、労働は人間的表現ではなく、外から強いられる義務に転化し、労働者は自分の活動からも自分自身からも疎外されるのである。
マルクスは、人間を「種的存在(species-being)」と呼び、自然との自由で創造的な関係の中でこそ自己を実現できる存在と考えた。しかし、資本主義の下ではその本質が奪われ、労働は単なる生存の手段に堕する。かつて職人が自らの技術を通じて作品と一体化していた世界は、分業と機械化によって分断され、労働者は自らの生産過程の全体像すら知らぬまま一部の歯車となった。英国の大工場やマンチェスターの織物産業では、無数の労働者が単純作業を繰り返し、創造性も誇りも失っていった。こうして資本主義は、人間を労働の主体から「労働の客体」へと転落させ、他者との関係までも交換価値に従属させた。マルクスの疎外論は、この非人間化の構造を明るみに出し、資本の時代における人間の自由の喪失を告発する理論�
�なった。
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