男どアホウ甲子園が象徴した努力神話と少年文化の季節 1970-1975年
水島新司の「男どアホウ甲子園」は、1970年代の少年誌文化の中心に立つ野球漫画であり、その人気は単なる娯楽の枠を超えて、時代の価値観を映し出す鏡のような役割を果たしていた。高度経済成長が終わり、石油ショックの衝撃で日本社会が揺れていた時期、人々は「努力すれば道が開ける」という戦後的信念と、「努力しても報われないのでは」という新たな不安のあいだで揺れていた。その中で、甲子園を舞台にした物語は、努力・根性・友情という明朗な価値観を保ちつつ、挫折や葛藤といった現実味も孕み、揺れる時代に希望の物語を提供した。
戦後日本で甲子園は、スポーツ大会を超えた象徴的存在だった。テレビ中継が全国に広まり、甲子園は共同体意識を再構築する舞台となり、青春の通過儀礼のような意味を帯びていく。水島作品の野球は、この神話化された甲子園に深く根差し、読者の夢や願望と容易に共鳴した。また、1975年前後のプロ野球は、巨人の長嶋・王の時代が過ぎつつあり、新たなスター選手たちが登場した転換期で、野球人気は依然として圧倒的だった。この現実の活況が漫画の人気を後押しした。
少年サンデーをはじめとする少年誌は絶頂期で、100万部を超える発行部数を誇り、野球漫画は社会の価値観や理想の代理表現となっていた。努力が報われるという作品世界は、将来への不安が増しつつあった子どもや若者にとって大きな慰めであり、同時に大人社会の願望さえも映し込んでいた。こうして「男どアホウ甲子園」は、努力神話の最終形のひとつとして、また70年代の少年文化全体を象徴する作品として重要な位置を占めたのである。
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