Sunday, November 30, 2025

村上春樹の軽やかな文体が生まれた都市の季節――透明感と均質化が進んだ時代(1970年代から1980年代)

村上春樹の軽やかな文体が生まれた都市の季節――透明感と均質化が進んだ時代(1970年代から1980年代)
村上春樹の文体が形成された1970年代から80年代にかけての日本は、高度経済成長の終盤にあり、都市化と生活文化の均質化が急速に広がった時代だった。テレビや広告が日本中に浸透し、地方と都市の文化的な距離は縮まり、消費者としての生活リズムが全国共通のものとなっていった。政治闘争や学生運動の熱が失われ、人びとは重い社会意識よりも、個人の感覚や日常の幸福に価値を置くようになる。こうした気分の変化が、軽く透明で、個人的な語りへ向かう大きな潮流を生んだ。
村上春樹の作品は、この新しい都市感覚を体現していた。短く平坦な文、乾いたユーモア、特定の地域性をほとんどもたないどこでもない都市の空気が特徴で、読者はその軽やかなリズムに自分自身の孤独や浮遊感を重ね合わせた。近代化によって人間関係やコミュニティの輪郭が薄れつつあった時代に、村上の語りは匿名性の高い都市生活のリアリティを鮮やかに映し出した。また、ジャズ、コーヒー、欧米文学といった要素が混じり合う世界観は、国境や土地を超える新しい感性を示し、既存の日本文学の枠を刷新する力を持っていた。
中上健次の土地深く沈む語りと対照的に、村上の文体は都市の表層を滑る語りであり、70年代以降の日本文化の変化そのものを可視化した存在である。彼の登場は文学に軽さと透明性をもたらす転換点となり、新しい世代の読者の感受性を決定づけていった。

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