笑いの座に咲く孤華――春風亭柳橋と戦後落語界の光と翳(1945年~1960年代)
春風亭柳橋は、明治から昭和を駆け抜けた落語界の華である。若くして小柳枝を名乗り、政財界の名士たちにも愛された彼は、寄席で「三軒ばね」と呼ばれる同時出演の快挙を成し遂げるなど、常に舞台の中心に立ち続けた。彼の芸風は『支那そば屋』『夢金』などに代表される改作落語に特色があり、笑いと庶民性を優先する姿勢で人気を博した。
一方、桂文楽、古今亭志ん生、柳家小さんらは、古典の技と精神を継承し、柳橋とは異なる芸の道を歩んだ。戦後の落語界では、柳橋は柳家金語楼とともに「芸術協会」を旗揚げし、既存の「落語協会」と対立。放送時代の到来により、専属制度が芸人たちを再び分け隔てた。
NHKはフリーの柳橋に依存し、一方でTBSは文楽・円生・小さんを専属に。志ん生はニッポン放送と契約し、落語家は放送適性でも評価される時代が始まった。晩年の柳橋は表舞台に残り続けながらも、実務を若手に譲り、その影は次第に薄れていく。だがその生涯は、大衆芸の矜持を背負い、笑いの座に孤高の華を咲かせた、戦後芸能史のひとつの象徴だった。
No comments:
Post a Comment