銀盤の夢、星屑のステップ――ピンク・レディーの革命(1976年〜1981年)
ピンク・レディー――その名が銀幕を越えて日本中に響き渡ったのは1976年の冬だった。根本美鶴代(ミー)と増田恵子(ケイ)、2人の少女が歌と踊りの星屑をまとい、「ペッパー警部」でデビューすると瞬く間にテレビも街角も彼女たちの動きと旋律で染め上げられていった。「S・O・S」「カルメン'77」「UFO」と続く名曲は、派手なコスチュームと完璧なシンクロダンスをまとい、単なる歌謡ではなく"視覚の魔法"として大衆の心に焼きついた。
この奇跡の背後には作詞家・阿久悠と作曲家・都倉俊一の黄金コンビがいた。阿久は物語を詞に宿し、都倉は電子音で近未来を描いた。ふたりの創造力がピンク・レディーという存在を「見る音楽」へと昇華させたのである。
1979年、彼女たちはアメリカへ飛び立ち、「Pink Lady and Jeff」で新たな夢に挑むが文化の壁は厚く番組は短命に終わる。日本でも人気は下降し、1981年に解散。しかしその後も何度も再結成を重ね、今なお昭和歌謡の金字塔として輝き続けている。
ピンク・レディー――それは歌謡界の常識を踊りとともに壊した、銀盤に咲いた一瞬の流星だった。
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