**「浪曲と赤絹の系譜 ― 田中角栄の声が響くとき」-1979年頃**
浪曲をうなる田中角栄、その姿は政治家というより一人の語り部のようだった。昭和の闇将軍と呼ばれた彼が好んだのは、庶民の心に響く義理と人情の声。浪曲の源流にいるのは桃中軒雲右衛門、そしてその背後に控える玄洋社の頭山満。浪曲と政治が交差する場所には、明治から続く国粋主義の残響が確かにある。
玄洋社初代社長・箱田六輔から始まり、昭和の藤井六輔、さらには新派俳優・大矢市次郎へと続く「六輔」の名。この三人が赤い絹糸でつながれているようにも思えるのは、彼らが浪曲や新派劇、そして日本の大衆文化のうねりに身を委ねていたからにほかならない。
高度経済成長の残響が色濃い1970年代末、芸と政治はかつてなく接近していた。角栄の語りは、単なる趣味ではなく、庶民の声を代弁する政治の表現でもあった。浪曲とは何か、政治とは何か。時代を越え、今なおその問いは舞台に残響している。
No comments:
Post a Comment