Monday, May 12, 2025

制度の縫い目にほころびが見えた――2007年、廃木材バイオエタノール普及への苦闘

制度の縫い目にほころびが見えた――2007年、廃木材バイオエタノール普及への苦闘
2007年当時、日本は京都議定書の第一約束期間(2008〜2012年)を目前に控え、温室効果ガス削減の実効策を急いでいた。その中で、石油代替エネルギーの筆頭として注目されたのがバイオエタノールだった。アメリカではトウモロコシ由来、ブラジルではサトウキビ由来のエタノールが国家戦略の中核を担っており、日本でも「国産資源を使ったバイオ燃料」の模索が進められていた。
そんな中、環境省は大阪府堺市の「バイオエタノール・ジャパン関西(BJK)」に廃木材を原料としたバイオエタノール事業を強力に後押しする。技術的には稼働も始まり、製造されたエタノールを3%混合したガソリン(E3)の供給実験が関西圏でスタートした。
だが、現実は理想とはほど遠かった。
E3の供給開始に合わせて、法人登録車両で協力してくれる「協力車両」制度が設けられたが、その登録台数はわずか107台。供給拠点も大阪府内のスタンド2か所にとどまり、肝心の「流通インフラ」が整っていなかった。また、給油には所定の報告書提出や事前登録が必要という煩雑な制度が参加者の意欲を削いだ。一般消費者への普及はおろか、法人利用においても高いハードルが残ったままだった。
この背景には、省庁間の「縄張り意識」によるエネルギー政策の分断があった。環境省が廃木材由来のエタノール供給に熱を上げても、流通インフラや税制、車両対応などの制度設計は経産省や国交省の所管。肝心の政策連携が取れず、現場では"誰が何を推進しているのか"が見えにくい状況に陥っていた。
さらに時代背景として、2007年は原油価格が高騰する一方で、穀物価格もバイオ燃料需要によって急騰。米国のバイオエタノール政策が食料と燃料の競合を引き起こしていると国際的な批判も高まっていた。そうした中、日本は食料と競合しない「非可食原料」――廃木材や稲わらなど――に望みを託したものの、現場の技術的・制度的な地盤は未整備のままだった。
記事が言うところの「省庁間におけるエネルギー政策の翻訳」は、縦割り行政の典型であり、「肝いり」の情熱と現実の制度の裂け目が露わになる瞬間だった。BJKの生産能力だけでは「焼け石に水」という認識もあったが、それでも日本が国産資源でのエネルギー自立を模索していた足取りのひとつとして、この事業は象徴的である。
このように、理想と現実、技術と制度、省庁間のビジョンの不整合が一つのエピソードとして浮かび上がる本件は、「政策のすきま風」が最前線の熱意を冷やしてしまう典型例といえる。

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