昭和天皇の訪欧と国際的な批判――昭和46年12月
昭和46年、昭和天皇が初めてヨーロッパを訪問したことは、日本国内では親善外交の一環として歓迎されたが、国際社会では厳しい目が注がれた。特にフランスの『ル・モンド』紙はこの訪欧を「反共外交」と位置づけ、背景に冷戦構造と日本の西側陣営への傾斜を見た。記事では天皇の過去、つまり戦前・戦中のファシズムとの協力体制を問い、「謝罪も弁明もなかった」と批判している。さらに日本の天皇制そのものを「反民主的な制度」として断じ、未だにその存在が国際社会の理解を得られていないと警鐘を鳴らした。欧州各国では、天皇の戦争責任に言及する声や抗議行動が相次ぎ、特にオランダでは「戦犯として裁くべき」という意見も見られた。現地に暮らす日本人家族への嫌がらせも報告され、訪欧の陰にある対立感�
��が露呈した。一方日本国内では、これらの国際的批判はほとんど報じられず、高度経済成長末期の対外イメージ優先の姿勢が垣間見える。『ル・モンド』の論調は、歴史認識のズレや未解決の戦後処理問題を突きつけたものであり、政治的成熟の必要性を静かに語りかけている。
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