菜の花の記憶 ― 滋賀県愛東町に咲いた油の循環社会 ― 2004年ごろ
1990年代末、日本は経済成長の陰で大量消費社会の限界に直面していた。リサイクルや循環型社会の理念が語られ始め、やがて2000年の「循環型社会形成推進基本法」や2002年の「バイオマス・ニッポン総合戦略」として結実する。その潮流の先頭に立ったのが、滋賀県旧愛東町(現・東近江市愛東地区)の小さな町だった。琵琶湖の東岸、緑と田畑の広がる地に、やがて「菜の花エコプロジェクト」と呼ばれる人と自然の再生物語が始まる。
1998年、町は菜種の栽培を起点に、油の循環を生み出す実験を始めた。菜種を搾って食用油にし、使い終えた廃食油を回収して石けんやバイオディーゼル燃料(BDF)に再生する――。このシンプルな循環の輪を、町民自身が担い手となって回し始めたのである。家庭、学校、商店、行政が一体となり、油が再び灯りや洗剤として町に還る仕組みは、住民の日常の中に「再生」という言葉を根づかせた。
2005年には拠点施設「あいとうエコプラザ菜の花館」が完成し、油の再生を学び、体験できる環境教育の場として開かれた。ここでは菜種の搾油機が動き、BDF精製装置が稼働し、石けんを手づくりする人々の笑顔が見られた。廃油から生まれた燃料は、町の公用車や農業用機械に使われ、副産物のグリセリンは肥料や石けんに再利用された。製品は「菜ばかり」という地場ブランド名で販売され、地元経済にも確かな潤いをもたらした。
この活動は、単なるリサイクル運動にとどまらず、「生活と環境を結ぶ」文化的実践でもあった。菜の花を介して町の人々が再びつながり、資源が循環する風景は、のちに全国へ広がった「菜の花プロジェクト」の原点となった。今でも東近江市愛東地区には、春になると黄色い花が一面に咲き、再生の思想を静かに語りかけている。
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