赤塚不二夫『まんがNo.1』創刊の裏話―1970年代初頭
1970年代初頭、赤塚不二夫は自ら編集を担う雑誌『まんがNo.1』を創刊した。既成の出版体制に縛られず、作家主導の発信を模索する意欲作であったが、編集部員はわずか3名。資金難や人手不足に悩まされながらも、赤塚は旧作をまとめた別冊を発行するなど、創刊の理念を守り抜いた。儲けを度外視し「面白いものをつくる」ことを最優先する姿勢は、当時の出版業界の商業主義への批判でもあった。高度経済成長期に入り、出版流通の集中化が進むなかで、赤塚のような漫画家が主体的に出版活動を試みたことは、自立的表現の試金石だった。こうした挑戦は失敗に終わることも多かったが、それでも雑誌文化の多様性を支える重要な試みであった。
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