# 「大阪血戦録 ー 1960年夏、名友会と山口組の激突」
昭和35年(1960年)、大阪で名友会と山口組の抗争が発生した。7月、大阪ミナミで両組員が衝突し、名友会が神戸の山口組事務所前で示威行動を行ったことで緊張が高まる。8月9日、サパークラブ「青い城」で両組の幹部が遭遇し、口論が発展。これを機に山口組の田岡一雄組長は全面戦争を決意し、組員を総動員した。
8月12日、山口組が大阪市西成区のアパートで名友会幹部を襲撃。19日には名友会も報復し抗争が激化する。最終的に8月23日、箕面観光ホテルで手打ち式が行われ、名友会側の幹部15人が指を詰めるなど全面降伏となった。
この抗争を契機に、山口組は大阪での影響力を拡大し、全国的な組織へと成長する足がかりを築いた。事件の詳細は書籍や映画、警察白書などで記録されている。
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