医原病という逆説
**医原病(いげんびょう)**とは、本来病を癒すはずの医療行為が、かえって新たな病を生み出してしまう現象を指す。英語では「Iatrogenic disease」と表され、「iatros(医者)」に由来するこの言葉は、医療が持つ二面性を象徴している。治療の名のもとに行われた処置が、患者の健康を損なうことは決して稀ではない。
この病が生まれる背景にはさまざまな要因がある。例えば、薬は病を治す力を持つが、同時に副作用という刃を秘めている。抗生物質の長期使用が耐性菌を生み、多剤併用が思わぬ相互作用を引き起こすこともある。手術は人を救うが、術後の感染や予期せぬ出血といった新たな苦しみをもたらすこともある。さらに、診断の一言が患者の心を縛り、不安という病を生むことさえある。
病院という場自体が、医原病の温床となることもある。多くの命を救うはずの医療機器が、院内感染を広げ、人工呼吸器の長期使用が肺炎を引き起こす例もある。また、過剰な治療が患者の身体を蝕むことも少なくない。不要な薬の処方、慎重さを欠いた強力な治療、誤診に基づく処置が、健康回復の道を閉ざしてしまうこともある。
この逆説に立ち向かうには、医師と患者双方の冷静な判断が求められる。医療とは何か、治療とは誰のためのものなのか。その問いを忘れぬことが、医原病を減らす第一歩となる。癒しのために差し出された手が、新たな傷を生まぬよう、必要な治療とそうでないものを見極める力が、私たちに問われている。
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