Tuesday, July 29, 2025

虚像と実像の狭間に ― 新宿の夜と“こけし”の風景(1970年11月)

虚像と実像の狭間に ― 新宿の夜と"こけし"の風景(1970年11月)

1970年の東京都新宿区、特に歌舞伎町周辺は、高度経済成長がピークを迎えるなか、東京の中でも最も雑多で多様な顔を持つ場所として注目されていました。昼はビルと交通の喧騒に包まれ、夜になるとネオンの洪水の中に劇場、キャバレー、ジャズ喫茶、アングラ演劇の小劇場、そしてクラブやバーが立ち並び、性的マイノリティや若き表現者、アウトサイダーたちが集う場となっていました。

女装家「こけし」は、そうした新宿の匿名性と熱気のなかで自らを表現した人物です。長沢節モードセミナー出身のファッション感覚をもって、和装に頼ることなく、白のシースルースーツや大ぶりのサングラス、濃い化粧を纏い、自らを「鏡に映ったエリザベス・テーラー」と称するなど、その自己演出は演劇的でありユーモラスでもありました。彼女/彼が現れるだけでバーの雰囲気が一変すると語られるほど、その存在感は際立っていたのです。

当時の新宿は、ゲイバーや女装クラブ、ミニシアターや小劇場、さらにアングラ文化の発信地として、寺山修司、唐十郎、美輪明宏らといった芸術家や思想家が活動する場でもあり、既存の価値観を揺さぶる挑戦的な言説が飛び交う"実験都市"でした。女装という表現もまた、セクシュアリティやジェンダーの境界を曖昧にすることで「男/女」「本物/偽物」といった二項対立を笑い飛ばし、都市文化の先端に立つ行為だったといえるでしょう。

こけしの姿は単なる奇抜さではなく、戦後日本の大衆文化、ファッション、ジェンダー、都市性のすべてが交差する象徴でした。そして新宿という舞台がそれを可能にしていたのです。新宿は当時、「何者にもなれる場所」であると同時に、「誰でもなくなれる場所」でもありました。その曖昧さこそが、虚像の中に実像を求めるこけしのような人物を輝かせていたのです。

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