虚像の中に実像を求めて ― こけしのユーモアと美学(1970年11月)
1970年の東京――高度経済成長が頂点を迎え、街はアスファルトとネオンに覆われ、銀座や新宿では「ヒッピー」「ポップアート」「モード」などの言葉が生活に浸透していた時代。万博開催の余韻に都市が酔う中、表現の自由や個人のスタイルが爆発的に拡張していた。
そんななか、女装家「こけし」は、従来の性の枠組みを軽やかに飛び越えていた。長沢節のモード・セミナーでデザイン画を学び、同門の中では「一番男っぽかった」と自ら笑って語るその姿勢は、自虐と誇りが交錯する洒脱なアイデンティティの表明だった。白いシースルーのスーツを纏ってパーティーに現れたときのセリフ——「あら、ちょっと鏡の向こうにエリザベス・テーラーがいるのかしら?」——は、女装のユーモアと自己演出の美学が冴えわたる名場面である。
この会話に登場する「柳流」「カルーセル流」といった分類も、女装カルチャーがすでに派閥化していたことを示している。とくに「柳」は銀座の老舗店を指し、そこを源流とするこけしのスタイルは、ただの扮装ではなく、都市の空間と美意識とを反映した"表現行為"そのものだった。
同時代、三島由紀夫はまさにこの年に市ヶ谷で割腹自殺を遂げ、竹中労は民衆歌謡に情熱を注ぎ、前衛芸術家の横尾忠則はヒッピーの顔でメディアに登場していた。つまりこの時代の東京は、「本物らしさ」や「男性らしさ」といった旧来の価値観に亀裂が入り、芸術と性、政治と遊戯が交差する都市的越境の時代だったのである。
こけしの笑いと着こなし、そして美意識は、まさにその只中で生まれた「虚像のなかの実像」であり、表層のきらびやかさの奥に、一人の人間が自分の形を模索する真剣な遊戯があった。「店にいないときはただのスナック、いると団体のようなにぎやかさになる」とは、彼女の存在がもたらす空間の変容そのものである。
本稿は、女装という"逸脱"を、からかいではなく都市文化の一角として描くことで、1970年の東京の多様な"実像"を描き出している。虚構の衣をまといながら、現実の凝視と自己表現の覚悟を浮かび上がらせた稀有な証言として、いま読んでもなお新鮮である。
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