Wednesday, July 30, 2025

長沢節モードセミナー ― 戦後ファッション教育と表現者のゆりかご(1970年前後)

長沢節モードセミナー ― 戦後ファッション教育と表現者のゆりかご(1970年前後)

長沢節(ながさわ・せつ)は、昭和中期から後期にかけて活躍したファッションイラストレーター・評論家であり、その名を冠した「長沢節モードセミナー」は、日本の戦後ファッション文化において極めて重要な役割を果たしました。1954年に東京・青山で設立されたこの私塾は、美術大学や服飾専門学校とは異なる、自由で即興的な創作空間として多くの個性的な若者たちを惹きつけました。

1970年当時、日本は高度経済成長の真っ只中にあり、東京オリンピック(1964年)以降の消費文化と情報化の進展によって、若者文化と都市のファッションが一気に多様化しました。とくに東京・青山や原宿、新宿といったエリアは、「モード」や「アングラ文化」の交差点として、装いと自己表現を重ね合わせる若者たちの実験場となっていました。

長沢節モードセミナーは、そうした時代の気運を体現する場として機能し、「絵のうまさ」ではなく「感性」と「線の美しさ」を重視する教育方針で知られました。生徒たちは型にはまった技術よりも、観察力と個性を磨くことを求められ、イラストのみならずファッション、演劇、映像、さらには女装文化といった周辺表現への関心を広げていきました。

このセミナーの出身者には、のちに文化人やアーティストとして知られる人物も多く、ファッション誌の挿画やテレビ・映画の衣装、アンダーグラウンドな舞台美術にも関わっていきます。女装家「こけし」もその出身者の一人であり、セミナーで磨いた美意識と自己演出力を武器に、1970年代の新宿という都市空間で唯一無二の存在感を発揮していました。

つまり、長沢節モードセミナーとは、単なるイラスト教育の場ではなく、戦後日本のファッションと都市文化を横断する「感性の発電所」であり、多様な表現者が羽ばたくための揺りかごだったのです。

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