村上春樹の軽やかな文体が生まれた都市の季節――透明感と均質化が進んだ時代（1970年代から1980年代）

村上春樹の軽やかな文体が生まれた都市の季節――透明感と均質化が進んだ時代（1970年代から1980年代）
村上春樹が登場した1970年代末から80年代初頭の日本は、高度経済成長が一段落し、都市社会が成熟し始めた時期だった。かつて地方と都市には明瞭な文化的境界が存在したが、この時代にはテレビ、広告、ポップミュージックなどの大衆文化が全国に浸透し、生活のリズムや価値観が似通っていく均質化が加速した。同時に、政治闘争や学生運動の熱気は急速に退潮し、人々は重い社会意識よりも個人の生活感覚やささやかな幸福に意識を向けるようになった。こうした環境が、村上春樹の軽さを持つ文体が受け入れられる土壌となった。
それ以前の文学は、戦後の思想的緊張を引きずり、個人と政治、家族の傷、共同体の歴史などをめぐる重厚な主題が中心にあった。しかし1970年代後半には若い読者がその重さに距離を置き始め、より日常的で透明な語りを求める空気が強まった。村上春樹の文章は、まさにこの都市文化の感覚を体現し、短い文、平坦なリズム、過度に感情を露出しない語りが特徴だった。彼の作品に漂うどこでもない都市の空気は、特定の土地の重みよりも、消費社会に生きる個人の浮遊感を描くもので、都市生活のディテールが世界文学へと接続する軽やかさを持って語られた。
中上健次が土地の声を掘り起こしたのに対し、村上は場所性の薄い都市の日常を描き、時代の空気そのものを可視化した。彼の登場は日本文学に軽さ、透明性、ポップ性という新たな軸を作り、感覚的で個人的な語りが大きな流れとなっていく契機となった。