監視国家の目――アサド政権と「ブラックシェイズ」「ダークコメット」による影の戦争(2011年〜)
2011年のアラブの春の波がシリアに及ぶと、バッシャール・アル=アサド政権は、武力だけでなく、サイバー空間でも反体制派への弾圧を開始した。その中心にあったのが、2つの悪名高きリモートアクセス型マルウェア――「ブラックシェイズ」と「ダークコメット」である。
「ブラックシェイズ」は、一般に百ドル以下で購入できた安価な商用スパイツールで、初心者でも簡単に他人のコンピュータを乗っ取れることから、世界中のハッカーに流通していた。感染すると、被害者のPCは完全に監視対象となる。キーボード入力の記録(キーロギング)、ウェブカメラやマイクの遠隔操作、画面のリアルタイム閲覧、ファイルの窃取、場合によってはファイル削除まで可能だった。
一方「ダークコメット」は、フランスのプログラマーによって開発されたが、意図に反して多くの独裁政権に悪用されることとなった。ユーザーフレンドリーなインターフェースと強力な監視機能が特徴で、ブラックマーケットで人気を博し、アサド政権もこのツールを利用して民主活動家を追跡した。開発者自身も後にこの悪用を非難し、配布を停止している。
これらのマルウェアは、Skypeや画像ファイル、PDF文書を装って活動家に送られ、まるで信頼できる友人から届いたかのように感染を広げた。そして感染したPCは、シリアの国営通信機関のIPアドレスに通信を送っていたことがCitizen Lab(シティズンラボ)の調査で明らかとなり、国家主導の監視であることが決定的となった。
被害者の中には、国外に避難した活動家も含まれていた。彼らのネット上の会話、映像、活動計画までもが政府に筒抜けとなり、拘束や失踪につながるケースもあった。IT技術者ディルシャド・オスマンは、自らの調査によってこれらのマルウェアの存在を突き止め、国外の人権団体と協力してセキュリティ支援を行った。
こうしたサイバー弾圧の実態は、国際社会にも強い衝撃を与え、Citizen LabやElectronic Frontier Foundation(エレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション)などが対応策を公表。人権活動家へのサポートが急務となった。国家が市販のハッキングツールを使い、自国民を遠隔から監視する現実――それは、自由が密かに押し潰される、静かな戦争の風景だった。
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