Saturday, May 24, 2025

『夢幻舞台に舞う聲 ――根岸とし江と音曲のかさなり』(1980年前後)

『夢幻舞台に舞う聲 ――根岸とし江と音曲のかさなり』(1980年前後)

1970年代末から1980年代初頭日本の舞台芸術は転換の時代を迎えていた。小劇場運動やアングラ演劇が市民権を得る中で演劇は単なる娯楽ではなく社会への批評そして生の感情を剥き出しにする場となっていった。そんな舞台の空気の中で女優・根岸とし江が出演した『ストリッパー物語』は身体と言葉の境界を行き来する作品として観客の記憶に残った。

根岸が振り返るその舞台には一つの音楽が深く刻まれていた。劇中で流れる「夢の中で踊ってあげる」という楽曲。この音楽はただ場面を装飾するためのBGMではなかった。彼女はそれを「助けられた」と語る。作曲家・大津彰によるその旋律は幻想と現実の狭間を揺らぎながら演じる彼女の身体をすっと舞台の深部へ導いていった。セリフでは表現できない心の振動が音によって呼び起こされ役への没入を許してくれたのだ。

当時ストリッパーという題材は女性の身体を表現と搾取の両義性の中に晒すものであった。観客の視線にさらされながらも彼女たちはただ"脱ぐ"のではなく自己の記憶や欲望を解体し再構築する儀式として踊っていた。そのような空間で音楽は彼女たちにとっての衣装であり守りであり時に逃げ場であり得た。

またこの時代舞台音楽は大きな変容を遂げていた。効果音や伴奏を超えて役者の内面に共鳴し演技と拮抗し合う存在となりつつあった。大津彰の音楽はまさにその先端にあり根岸のような役者たちの身体と心を支え表現の飛躍を可能にした。

彼女が「この人の音楽は好きだった」と語る言葉の奥には技術への称賛だけではなく舞台の上でたしかに生きた一瞬への感謝がある。音楽が照らした夢の中そこでは女優と役柄とが観客に見えないところで深く結びついていた。舞台とはそうした「声にならない声」が踊る場所だったのだ。

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