山手樹一郎(1899-1978)――塩豆の塩気、講談の拍子木 1930年代から1970年代
貧しさの記憶を背負った山手は、講談調の痛快時代小説で庶民の疲れを一瞬軽くする物語を量産した。戦前の大衆文化拡大と新聞・雑誌の連載回路に乗り、『はだか大名』『鉄火奉行』『青雲の鬼』などを矢継ぎ早に送り出す。勧善懲悪は教訓ではなく生活の杖であり、笑わせても突き放さず、勝たせても驕らせない職人の間合いがある。敗戦後は貸本や闇市の時代に合わせ語りを平明にし、混沌の只中に「道理の通る世界」を保証した。シベリア抑留から長男が帰還した報せを「歴史の除夜の鐘」と受け止めた一節は、惨禍と再生を二重写しにし、娯楽の裏にある作者の倫理――敗者への分け前、弱者への敬意――を照らす。塩豆の塩気のような微かな哀しみが、痛快の後味を確かなものにした。
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