Monday, May 5, 2025

高橋ゲタ夫(たかはし・げたお、1954年1月10日生まれ)は、日本のジャズ・フュージョン界を代表するベーシストであり、音楽プロデューサーとしても活躍する人物である。新潟県三島郡の出身で、15歳でギターを始め、18歳でエレクトリックベースに転向。その後1976年、「ジョン山崎&スクールバンド」にてプロデビューを果たした。

高橋ゲタ夫(たかはし・げたお、1954年1月10日生まれ)は、日本のジャズ・フュージョン界を代表するベーシストであり、音楽プロデューサーとしても活躍する人物である。新潟県三島郡の出身で、15歳でギターを始め、18歳でエレクトリックベースに転向。その後1976年、「ジョン山崎&スクールバンド」にてプロデビューを果たした。

彼の音楽活動は多岐にわたり、高中正義、松岡直也、オルケスタ・デル・ソル、向井滋春、日野皓正といった一流ミュージシャンたちとの共演やレコーディングを通じて、日本のフュージョンおよびラテンジャズシーンにおいて確固たる地位を築いた。とりわけ松岡直也率いる「ウィシング」や「松岡直也グループ」では中心的メンバーとして活躍し、松岡サウンドを支える柱の一人となった。

そのなかで、ドラマーの村上"ポンタ"秀一との関係は特筆に値する。二人は1970年代末から日本のフュージョン・ラテン界を牽引してきたリズムセクションとして、息の合った共演を多数重ねている。特に「ウィシング」では、松岡直也のピアノ、高橋のベース、村上のドラムという鉄壁のトリオが、重厚かつ流麗なラテン・ジャズの土台を築き上げた。1990年のアルバム『PLAY 4 YOU』では、パーカッションのペッカーも加えたカルテット編成で、精緻かつ情熱的な演奏を披露している。

さらに1979年、ハーモニカ奏者・八木のぶおのアルバム『Mi Mi Africa』にも揃って参加し、合宿形式の録音を通じて若き日の創造力をぶつけ合った記録が残る。2010年にはピアニストの柴田敏弥を加えたトリオとしてもライブ活動を展開し、ドラムとベースの緻密な対話で観客を魅了した。このように高橋と村上は、ジャンルの枠を越えたプロジェクトで頻繁に共演し続けており、日本の音楽史において稀有な「双璧」としてその名を刻んでいる。

1994年には教則ビデオ『ラテン・ベース・ベーシック』を発表し、ラテンベースを志す後進のベーシストたちにとっての指針となった。また1999年には自身の音楽プロジェクト「ゲタイート・デル・ソン」を始動し、寿永アリサのデビューアルバム『Son de Alisa』をプロデュース。2001年にはバンド「ピンクボンゴ」に加入、さらに同年にはロックバンド「ザ・ローライダース」を結成するなど、ジャンルの枠を超えた活動を展開した。

2006年以降は、トリニダード出身のスティールパン奏者と共に「クリスタル・ジャズ・ラティーノ」を立ち上げ、独自のグルーヴを生み出し続けている。さらに、佐野元春の「観覧車の夜」や沢田研二の「ハートにズキューン」などの編曲も手がけ、その多才ぶりを発揮している。

現在も「熱帯JAZZ楽団」、「ピンクボンゴ」、「クリスタル・ジャズ・ラティーノ」などで精力的に活動を続け、国内外のライブやレコーディングを通じてラテン音楽の魅力を発信し続けている。

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