揺らぐ境界、溶ける記憶――琵琶湖湖北に眠る気象の遺構(2008年12月)
かつて湖北と湖南を隔てていたのは、湖面でも地図でもなく、気温だった。厳寒と積雪が支配する湖北の冬は、南の温暖な気候とは対照的で、農業技術の拠点もそれぞれの地に根ざしていた。だが今、湖北に静かに幕が降ろされる。滋賀県の農業試験場「湖北分場」が、気候の均一化という名の変化の中で、その使命を終えるのである。
木之本の寒気は和らぎ、雪は次第に淡くなり、気候差に依存した農業研究は意味を失った。行政は合理化を選び、分場の廃止という判断を下した。しかしそれは、ひとつの観測点が消えるだけではない。地域の風土に寄り添った知の記憶――農民と研究者が交わした無数の試行錯誤が、過去へと沈むことを意味する。
記事は「気候というインフラが揺らぐなかで、知のインフラもまた揺れ動いている」と記す。それは、環境変動が制度や組織の輪郭を溶かし始めているという、静かなる警鐘だ。もはや土地の気温に合わせて組織を編む時代ではない。だがその「揺らぎ」のなかに、かつての確かさを忘れてはならない。
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