榊原高尾―絶世の美貌と五億円の身請け―18世紀後半
江戸の吉原遊郭。その大見世「備屋四郎左衛門」に抱えられていた高尾太夫は、江戸中にその名を轟かせた花魁であった。十三歳で太夫に上がり、わずか数年で"粋"と"張り"を兼ね備えた最高位の遊女として君臨した。
高尾の美貌と才覚は、町人から武士階級まで多くの男たちを魅了した。特に播州姫路藩主・榊原政岑が心奪われたのは有名である。二十九歳の政岑は江戸滞在中、備屋へ足繁く通い高尾に夢中になった。
やがて政岑は高尾を落籍(身請け)する決意を固める。その額、二千五百両に惣花(祝儀)一千両、雑費五百両を加え総額六千両。現在価値で約五億円。これは当時の江戸でも前代未聞の大金で、大きな話題となった。
江戸では逸話が広がる。「一夜の夢に藩の財を投じた」と囁かれ、座敷では高尾が「殿、そのお金は家臣にも渡してあげて」と語ったとも伝わる。彼女の優しさと聡明さは遊女仲間にも語り草となった。
落籍の際、高尾は「籠の鳥」であった自分の運命が変わることを涙ながらに語ったという。張り(生き様を曲げない誇り)と見栄(外見で示す矜持)を支えに生きた年月は、吉原の歴史に深い影を落とした。
だが政岑はこの巨額の支出で藩財政を圧迫し、後に幕府から謹慎処分を受ける。高尾は落籍後も江戸で「伝説の花魁」として語り継がれた。
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