Thursday, August 7, 2025

距離を越えて問いかける――フード・マイレージとLCAが映す食の環境対話(2003年5月)

距離を越えて問いかける――フード・マイレージとLCAが映す食の環境対話(2003年5月)

2003年、日本は食の安全と環境意識の狭間で揺れていた。BSE(牛海綿状脳症)の国内発生から2年が経ち、食の「トレーサビリティ」が社会的課題となる中、輸入食品の安全性と持続可能性が問われ始めていた。そんな中で注目されたのが、イギリス発の概念「フード・マイルズ(Food Miles)」である。

この概念は、私たちが口にする食べ物がどれほどの距離を移動してきたかを可視化し、それによって排出されるCO₂やエネルギー負荷を測るものである。日本のように食料自給率が40%を下回る国では、食卓にのぼる多くの食品が海外からの長距離輸送を経て届いている。その影響を改めて計算し、「地元で作り、地元で消費する」ことの環境的意義を数値化して見せたのが、この時期の大きな動きであった。

同時に、LCA(ライフサイクルアセスメント)という考え方も、日本の市民や政策関係者の間に浸透し始めていた。農業におけるLCAは、肥料や農薬の製造、機械の運転、包装や廃棄までをすべて含めた"食の全体像"を俯瞰するための視座を与える。たとえば、輸入された有機野菜と、国内で慣行農法により生産された野菜のどちらが環境負荷が小さいか――その問いは、単純な「有機 vs. 非有機」の二項対立を超えて、流通やエネルギー構造を含んだ複雑な議論へと広がっていった。

このような動きが示唆するのは、食と環境、農業とエネルギーが決して別々の話題ではなく、私たちが「何を食べるか」という日々の選択の中にこそ、社会の未来を方向づける力が潜んでいるということである。輸送距離という見えない数字を可視化し、それを元に消費者の意識変容を促すという点で、フード・マイルズの議論は「見えない会話」を私たちに届けてくれた。

2003年当時、こうした議論はまだ専門家や一部の市民団体にとどまっていたかもしれない。しかし、この概念が日本にもたらした「距離の倫理」は、その後の地産地消運動や地域農業の再評価、カーボンフットプリントの普及など、多くの実践につながっていく契機となった。食べること、それは環境と語らうこと――その気づきが、この時代の日本にも確かに芽吹いていたのである。

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