小さな袋に詰まった葛藤 ―杉並レジ袋税をめぐる18か月―(2002年3月)
2002年初春、冷たい風が残る東京・杉並区役所の会議室には、緊張感が漂っていた。「この条例は全国初です。私たちは、覚悟をもって進めなければならない」――山田宏区長の言葉が静かに響いた。杉並区が提案する「すぎなみ環境目的税」、通称「レジ袋税」は、買い物客が受け取るレジ袋1枚につき5円を課税するという全国初の試みだった。背景には、2000年施行の「循環型社会形成推進基本法」をはじめ、リサイクルやごみ減量を促す社会的気運があったが、「ごみを減らすために消費行動を変える」という発想はまだ一般に浸透していなかった。
商店街の現場では、決定を前に複雑な思いが交錯していた。高円寺駅近くの青果店「山口商店」では、常連客との会話の中で、「袋が有料になるって本当?」と尋ねる声があがった。店主の山口は、「区がそう言ってます。でも、うちみたいな小さな店では、お客さんが嫌がるかもしれない」と不安を漏らす。個人商店の多くは「客離れ」を懸念し、レジ袋代を価格に転嫁できない現実に悩んでいた。しかし一方で、「うちはもともとエコバッグを推奨しているから、賛成したいね」という自然食品店の経営者もいた。
区議会では、1年半にも及ぶ議論が繰り返された。2002年3月18日、ついに条例案は賛成多数で可決された。採決の瞬間、議場には拍手とざわめきが混じった。反対派議員は「物価高騰につながる」「負担が大きい」と主張したが、賛成派は「これは市民意識を変えるための試みだ」と説得を続けた。修正案として、施行時期は市民の理解や経済状況を見て決定することも付帯決議として盛り込まれた。
記者会見で山田区長は、「7割以上の賛成を得て、ようやくここまで来ました。レジ袋税は目的税であり、集めた税収は環境施策に還元します」と語った。さらに、4月には市民と商業者による「レジ袋削減推進協議会(仮称)」が発足する予定となり、レジ袋を辞退した客には「エコシール」を配布する新たな仕組みも検討された。こうした行政と市民運動が交差する取り組みは、社会に小さくも確かな波紋を広げた。
この条例は、山梨県の「遊漁税」や札幌市の「雪目的税」に続く地方独自の目的税としても注目を集め、国の同意を得るために総務省との協議が進められた。2000年代初頭、地方分権の流れと環境意識の高まりが交錯する中で、杉並区の試みは小さな自治体から生まれた大きな実験として全国の関心を引きつけた。
杉並の条例可決は、単なる税の導入ではなく、市民のライフスタイルを変え、日本全体の買い物風景を少しずつ変えるきっかけとなった。マイバッグを持つ習慣が当たり前になる、その一歩手前の2002年。レジ袋に詰まっていたのは、ごみではなく、未来への覚悟と対話だった。
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