追われる三輪、疾走する都市―北京市三輪タクシー規制と環境政策の狭間で(2000年)
2000年当時の中国。経済成長の勢いに乗り、都市は急速に拡大しつつあった。北京では、モータリゼーションが市民生活を塗り替え、街の空気を濁し、道路を埋めていた。そんな中、三輪タクシーは庶民の足として親しまれ、ときに過密な交通の隙間を縫うように走った。簡素な構造で、農村から出稼ぎに来た人々にとって貴重な収入源であり、都市の隅々までを結ぶ日常の風景でもあった。
しかし、都市の変貌を急ぐ北京市にとって、それはもはや「近代的都市像」にそぐわない存在とされた。排ガス、騒音、秩序なき走行。2008年北京五輪をにらみ、整然とした都市景観と環境美化を掲げた市政府は、三輪タクシーを規制の対象とした。中心街への進入を禁じ、登録も制限する。理由は「環境保全」と「景観維持」だったが、その実、街から「雑多な風景」を消し去る意図が透けて見えた。
仕事を奪われたのは、都市を支える影の労働者たち。農民工と呼ばれた彼らは、都市住民とは異なる法的立場に置かれ、抗議の声は都市の騒音にかき消された。清潔で、静かで、整理された北京の顔。その裏で、社会の分断は深まっていた。
この三輪タクシー規制は、都市交通の再編というだけでなく、都市が「誰のためにあるのか」という問いを私たちに突きつける。疾走する都市に置き去りにされた三輪の残像が、今もなお問いかけている。
No comments:
Post a Comment