Monday, May 5, 2025

〈舞台に棲む思想――吉本隆明と「芸人の体制性」論〉-1970年代

〈舞台に棲む思想――吉本隆明と「芸人の体制性」論〉-1970年代

1970年代、日本は高度経済成長の終焉を迎え、オイルショックや学生運動の挫折、連合赤軍事件などを経て、社会の価値観が急速に転換していった時代である。政治への直接的な対決姿勢が一部で先鋭化する一方、メディアや芸能界では「体制批判」がファッション化し、芸人やタレント、サブカルチャーの領域でも「反体制」という言葉が軽々と用いられ始めていた。

そのなかで、思想家・吉本隆明は独特の角度からこの風潮に異議を唱える。彼はある対談の中で、「芸人が"反体制"を唱えるのは、ナンセンスである」と述べた。彼の主張は、芸人が本質的に「体制の中でしか生きられない存在」であり、むしろ体制の枠内でこそ、芸という営みは真正な力を持ち得るという逆説的なものであった。

吉本は、芸人を「俗」に根ざした存在としてとらえていた。芸人とは、「大衆社会の制度的構造の内部で、滑稽・悲哀・風刺を通じて共同体の緊張を緩和する機能を担う存在」であり、その役割は「制度に対して批評的ではあるが、制度を破壊するものではない」。つまり、芸人の存在は社会制度の延命装置でもあるという見方である。

この見解は当時、タレントが政治を語ることへの風潮や、知識人の「反体制ごっこ」的発言への批判とも重なる。吉本は、芸術や表現が真に力を持つためには、「共同幻想」と「対幻想」の制度内における距離感を持つことが必要だと考えていた。芸人が制度の外から石を投げるようなふりをしても、それは制度の内部から拍手喝采を受ける"予定調和の演技"に過ぎない。

これは、芸術と思想の関係をめぐる極めてラディカルな洞察である。真にラディカルであるとは何か?――それは、制度の外に立つことではなく、制度を生き延びながら、制度を"内側から脱臼"させるようなふるまいにこそ宿るという逆説だ。

吉本隆明のこの視点は、以後のタレント文化やメディア批評においても根強い影響を残した。彼の問いかけは、「体制的であるとは何か」「反体制とはどこまで演技か」といった問題系を今なお有効なものとして我々に突きつけている。

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