Tuesday, July 29, 2025

彷徨える知の旅人 ― 光瀬龍と戦後日本の高等教育事情(1950年代〜60年代)

彷徨える知の旅人 ― 光瀬龍と戦後日本の高等教育事情(1950年代〜60年代)

1950年代から60年代にかけての日本は、戦後復興と高度経済成長の狭間にあり、教育制度も再整備の途上にあった。そんな中、光瀬龍は東京で育ち、戦争末期には岩手県前沢町に疎開。のちにこの地を郷土のように語るも、滞在はわずか数年にすぎない。復員後、彼は東洋大学、明治大学、東京農工大学と大学を転々とし、ようやく東京教育大学農学部で動物学を専攻するが、さらに哲学科へ転じて中退。自身を「大学無宿」と名乗ったのは、学問への執着と制度への違和感が交差する、戦後学生の苦悩を象徴していた。当時の日本社会では、安定した就職こそが成功とされる風潮が強まっていたが、光瀬は制度に安住せず、知の放浪者として自らの道を模索し続けた。やがて女子校教師となり、柴野拓美と出会って『宇宙塵』に参加。
SFという表現空間で、彼の遍歴はようやく結実する。大学制度の枠を超えた自由な精神こそ、光瀬が日本SFに残した真の遺産だった。

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