Tuesday, July 29, 2025

逃避と創造の間で ― 半村良と1960年代の日本SF誕生の瞬間

逃避と創造の間で ― 半村良と1960年代の日本SF誕生の瞬間

1962年、日本SF黎明期を象徴する第一回日本SF大会、通称「メグスリノキ大会」が開催された。当時、科学技術は高度経済成長の波に乗り急速に発展しつつあったが、文学の世界ではまだSFは"珍奇なもの"扱いされていた。そんな中、全国から集まったSF愛好者たちは、互いにいかにしてこの新興ジャンルに魅了されたかを真剣に語っていた。たとえば「子供のころから空想科学に夢中だった」「アシモフやハインラインに衝撃を受けた」といった、いわば"正統派"の動機が次々に披露された。

しかし、そこで異彩を放ったのが、当時まだ一介の広告代理店社員だった半村良である。彼は壇上で静かに、こう語った。「女房に逃げられたから、ついでにSFにも逃げた」と――。場の空気が一瞬止まり、次いで爆笑に包まれた。理屈や背景ではなく、人生の破綻とそれを笑い飛ばす力。彼のこのひと言は、SFというジャンルが人の逃避や傷を包みこむ器でもあることを、会場にいる誰よりも雄弁に示していた。

実際、半村良の作品世界には、現実社会に背を向けつつも、それを超克する想像力が満ちている。後に代表作となる『戦国自衛隊』や『産霊山秘録』では、現代と異界が交錯し、人間の運命と暴力の理(ことわり)が交錯する。そこには、女房に去られた一人の男が、ユーモアとともに見出した"逃避先としての物語"が根底に流れているのかもしれない。

1960年代はまた、安保闘争の余韻やベトナム戦争の報道が続き、現実そのものが混迷を極める時代だった。そんな時代において、SFは単なる未来予想図ではなく、現実を問い直すための「もうひとつの現実」でもあった。半村良の発言は、その根源にある"個人的な痛み"と"笑い飛ばす強さ"を浮き彫りにする、忘れがたいエピソードである。

このようにして、1962年の小さな大会は、日本SFの「真面目すぎない」精神を形作る礎となり、半村良のような個性派作家を輩出していったのだった。

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