「自然環境との共生・調和」はいまや、都市計画、まちづくりといった場で欠くことのできないテーマとなっている。
そうした中、現在残されている自然環境を維持・保全する方策が提案される一方で、人間によって破壊された環境を積極的に復元していく「環境修復」の取り組みが盛んになりつつある。
これまで開発一辺倒だった公共事業においても、その傾向は色濃く現われ始めており、環境修復型の公共事業も数を増やしている。
愛知県丹羽郡に本社を置く「株式会社ミック」は、88年に設立以来、森や水辺における自然環境復元に取り組んでいる、いわばこの分野のバイオニア。
日本国内のみならず海外でも事業を手掛けている。
現場を飛び回り真っ黒に日焼けした前田文和社長(52)に話を伺った。
本来ある自然環境の復元がテーマ。
同社は現在、自然環境復元の調査・研究・企画・設計・植樹指導・管理から緑化資材の供給まで幅広い事業を手掛けているが、そこを貫いているのは、その土地に本来自生していた植物の種子を採取し、現場の環境に耐えうるまで育て、本来あるべき姿に戻していこうという思想である。
ミック設立以前、造園業の営業をしていた前田社長は、工業の緑化なども手掛けていた。
しかし、その当時は工場周辺にとりあえず外来種の木などを植える場合が多く、画一的でなんとも味気ない立ち木になることに疑問を持ち始めた。
鎖守の森や屋敷林などからもともとその土地に自生していた植物を調べ、企業にもこれらを植樹しようと動きだした。
「とはいっても、自生種を山から掘り出してきて植えるのではまったく意味がない。
それはそれでまた別の自然破壊を生み出すことになってしまいます」そこで、森に大量に落ちているドングリなどを拾い集め、鉢に植え、育てた苗木「ポット苗」による手法を使った。
自然を破壊せずに苗木を得ることができ、持ち運びにも便利なボット苗。
これらによる植樹をきっかけに、自然環境復元へと傾いていき、88年に独立、環境創造型ベンチャー企業という形でミックを設立した。
こうした自然復元を目的とした、植生調査に基づく幼苗による緑化方法は、生態学者の宮脇昭横浜国大名誉教授(現・国際生態学センター研究所長)が提唱した生態学的工法。
「地域の自然の森」「極相林」「潜在自然植生」を指向する植生の復元は、大正4年から造林した明治神宮の森を作る際のコンセプトにもなっていたという。
この宮脇教授に前田社長も師事、教授の理論をミックが実践、推進する形となっている。
これまでに、宮脇教授とも共同して植生の調査、設計、植樹を手掛けた数は、300カ所以上にものぼる。
国道やバイバス脇、公園、ショッピングセンター、学校など。
環境条件の厳しいような場所でも、ある程度まで育成してから植樹するため活着率は高いという。
また国内だけでなく、海外での熱帯雨林復元なども手掛けている。
三菱商事が91~93年にかけて実施したマレーシアの熱帯雨林における植林では、宮脇教授と共に現地に飛び、調査を実施。
自生種の種を集め、ボット苗の生産を始め、植樹のための現地測量から設計、工事監理までの一連の作業を担当した。
水辺の復元事業。
一方、92年からは森と同時に水辺の復元にも力を入れている。
そとでは92年に独のベストマン社と技術提携した「ベストマンシステム」が力を発揮している。
このシステムは、ヤシ繊維製のマットやロールにあらかじめ水生植物を植えつけたものを水際に設置するという工法。
これまで一般的に行なわれてきた岸辺の浸食を受けないようコンクリートやプロックで固める護岸工事ではなく、水生植物の形成により護岸する「植生護岸」を可能にする。
植生護岸には、水生植物の根が土壌を緊縛することによる浸食防止のほか、魚や鳥などの生息場所の提供、植物が窒素やリンを吸収・吸着・沈殿する水質浄化の働きなども見込める。
またコンクリート護岸とは違い、自然のサイクルで毎年新しく更新もされていくのも大きなメリット。
「日本の河川は急流区が多いので、適応する場所など植生護岸は難しい面もあるのですが、植栽と同様にある程度の環境に耐えられるまで育てること、ヤシ繊維の植生基盤が整っていることで、枯死・流失などの危険性が低く、効率的に植生護岸を形成することができます」。
副産物であるヤシ繊維は東南アジアで廃棄寸前のものを輸入、再利用。
水の中で自然に分解されていくが、そのころに植物はしっかりと根を伸ばしている仕組みだ。
この水辺環境復元でも重視するのは導入植物種の選択。
自生種であることのほか、水質や流速度などを考慮に入れながら生態的に最も適した植物種を選択する。
同社は2000平方メートルの実験研究用圃場と8000平方メートルの生産圃場を持ち、そこでヨシ、マコモなどのほか、彩りとして組み合わせるカキッバタなど常時25種以上の水生植物を育成している。
「中には現場に出すまで3年ぐらいの育成期間がかかるものもあります。
いろいろなニーズに応えるためにある程度見込み生産という形になります」。
行政からの発注増。
以前は工場や発電所、企業の植林など民間からの発注がほとんどだったが、現在、発注元の7割が行政サイドからのものだという。
とくに水辺環境修復の分野は、コンクリート護岸の生態系に対する影響を懸念する声が年々大きくなっており、併せてこれまで治水と利水が目的だった河川行政でも98年に河川法が改正され、「河川環境の整備と保全」の視点が加えられた。
河川管理者である建設省、都道府県に対する地方自治体や地域住民の声を反映した「河川整備計画」の策定、事業に関する情報公開なども義務づけられている。
「こうしたこともあって、コンクリート護岸の河川でもなるべくコンクリートが目立たないように多自然型川づくりの多様な低水路形成のための補助工法という位置づけでの採用も増えています。
地元説明会などでも自然環境の部分をはっきりさせないと工事に着手できない時代になりつつあると思います」。
ベストマンシステムは98年12月現在、すでに176カ所で採用されており、とくに96年以降は毎年40カ所以上での採用が続いている。
同社が手掛ける森は3年後、水辺は1年後には人間の介入なしに自然に豊かさを増していく。
「私たちの仕事は脚本だけをつくること」と前田社長は言い切る。
本来あった植生の復元を目的に施された植物は、年月を重ねるごとに周辺環境に溶け込んでいき、植物群落を形成していくのだ。
河川氾濫を防ぐといった土木としての機能性、造園業者が得意とする景観性、それぞれを交差しつつ、本当の意味での「自然復元」事業を手掛けることのできる数少ない会社として注目される。
今後、環境問題、自然への認識が深まるほどに、ますます脚光を浴びることになりそうだ。
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