荒廃する日本の森林:2001年12月
荒廃する国内森林
日本の森林は約2500万ヘクタール、国土面積の67%を占めている。国土に対する森林の割合は、先進工業国の中でフィンランド(76%)、スウェーデン(68%)に次いで第3位を誇り、こと森林資源に関しては日本は立派な資源国といえるだろう。
だが、ここ数十年来、国内林業は危機的な状況に瀕している。国の拡大造林政策、海外からの木材輸入依存、山村崩壊、国有林事業職員の人減らしなどがその要因だ。
1960年代からの高度経済成長下、急増する木材需要に対応するために、原生林・天然林を伐採し、その跡地に成長の著しい樹種(スギ、ヒノキなど)を植林して人工林に転換していく拡大造林政策がとられた。しかしながら、それにより天然林が破壊され、多種多様な植生の森林が、一挙にスギやヒノキの単一林相に変えられてしまうことになった。また、この拡大造林を実施するために、それまで国有林では択伐が主流であったが、伐採の8割近くが皆伐方式によって伐採され1960年代には現実の成長量を超える年間2200万~2600万立方メートルが乱伐され現在の国有林資源枯渇を招いている。
また、急激に増加する木材需要に林業生産が追いつかず木材価格が高騰した1960年代、一般的に単価が安く、かつ均質的な木材を大量に供給できる外材輸入が本格化。1960年の貿易自由化、1970年の海外投資の自由化などを通じて、木材輸入量は年々増大し、現在に至っている。これが国産材価格の低迷と不安定をもたらす結果となった。1973年の木材供給の内訳は輸入製品2289万立方メートル、輸入丸太5249万立方メートル、国産材4221万立方メートルだったが、1989年にはそれぞれ4807万立方メートル、3519万立方メートル、3059万立方メートルとなり、1999年に至ってはそれぞれ6026万立方メートル、1878万立方メートル、1878万立方メートルと自給率は激減している。その上、外材は製材や合板において大きなシェアをもち、国産材が多く使われるのはバルプや木材チップといった質の低い部分ばかりになっている。
こうした林業の衰退と並行して、山村労働力は都市工業労働者に吸収され、農村地帯の人口は急激に減少した。また1978年から国も「国有林野事業改善特別措置法」「国有林野事業の改善に関する計画」に基づき、収入の確保、徹底した組織機構の縮小や人員の削減を推進。国有林事業の職員は、ピーク時(1964年)の8万9000人から2000年度末には1万人規模縮小、森林事務所も1978年の2333から1997年には1256カ所に削減した。営林署も統廃合の結果、1978年の351署から1997年には264署に減少している。こうした、営林署、事業所、などの統廃合や人員の削減は、林業に依存した山村経済に一層の打撃を与え、過疎化をさらに深化させる結果となっている。1965年に26万人いた林業就業者は、1985年には14万人、1999年には7万人に減少し過疎化が進んでいる。また、併せて林業就業者の高齢化が進行している。
こうした状況を背景に、国内森林面積の約3割を占める国有林事業では、戦後企業特別会計制度が導入され独立採算性がとられているが、1975年度以降恒常的に赤字が発生。1996年度時点で累積赤字は約3兆5000億円にのぼり、毎年2000億円程度累積赤字が増加している状況だ。1996年度における国有林野会計の収支は、事業本来の収入源である林産物収入が886億円であるのに対し長期借入金利子・償還金合計が3019億円。さらに新たに3145億円の借り入れをしている。かつての国鉄の赤字28兆円と比べれば少ないように思えるが、完全に国有林野事業の会計は破綻してしまった。
一方、民有林においても林業経営は厳しさを増している。森林資源を活かし、創意工夫を凝らした林業経営を積極的に展開している林家や企業、森林組合も存在しているものの、国内の森林所有者数の94%は保有面積20ヘクタール未満で、小規模な林家を中心に林業経営意欲が減退しているのが現状だ。林業就業者数の高齢化も問題となっており、65歳以上の比率は29%にも上る。なお、森林組合の行なっている造林面積は民有林造林面積の約9割、木材取扱量は民有林素材生産量の3割のシェアを占めている。
拡大造林政策によって人工林に転換された森林には、適切な森林管理が必要だ。しかし、現状では、近年の林業の停滞・山村の過疎化から森林の育成に必要な除・間伐などの作業が十分に行なわれていない。そのため、森林生育の活力は弱まり、将来用材に使えない不良造林地や間伐など手入れ不足で成林の見込みが立たない森林を生み、それがさらに林業衰退を加速させるという悪循環に陥っている。併せて、森林が持つ保水(保土)機能などの公益的な機能も弱体化しており、森林の乱増伐や乱開発とは異なった森林の荒廃も進行している。
政策の転換
状況は緩やかながら変わりつつあり、CO2吸収源としての側面も併せ、森林保全、国内林業復興に対する流れが明確になってきた。
まずひとつは、政策の転換だ。森林・林業基本法改正案、森林法改正案、林業経営基盤強化資金暫定措置法などの林野3法案が2001年6月29日の参院本会で可決、成立した。林野庁では2000年12月に林政改革大綱などを発表し、木材生産を主体とした林業政策から、国土保全、水資源かん養、環境保全など森林の多様な機能の持続的な発揮を図るための政策への再構築を目指しており、今回の森林・林業基本法の改正もこのような林政改革の流れに沿うもの。
今回の改正を一言でいってしまえば森林を「木材生産の場」から「緑のダム」とも呼ばれる公益的機能を重視する内容で、2002年4月から森林を「水土保全林」など三区分するのが特徴だ。地域の特性に応じた造林、保育及び伐採の計画的な推進、効率的かつ安定的な林業経営やそれを担う人材の育成、林産物の利用促進、輸入国側の森林の多面的機能に配慮した適正な輸入を確保するための国際的な連携(緊急時には関税率の調整や輸入の制限などを実施)などを基本理念として掲げており、今後はこの基本法に沿った施策が展開されることになる。経営の集約化、地域の森林管理主体としての森林組合の機能の充実など林業構造の確立、人材の育成、林業労働力の確保など具体的な施策については課題はあるものの、森林整備とともに特用林産物の生産・加工や農業等他産業を担う複合事業体の創出、木質バイオマス資源を活用した先進的な山村モデルの創出、情報提供など森林・山村体験型ツーリズムの推進体制の整備、山村固有の自然、生活文化などを博物館に見立てた「村まるごとミュージアム」のような取組の推進なども打ち出している。いずれにしても森林の多面的機能が正面から位置づけられたことは大きな転換点といえそうだ。
拡大する森林認証取得
さらにその一方で、FSC森林認証やISO14061(森林マネジメントシステム)など持続可能な森林管理に向けた森林認証制度も国際的な広がりを見せ始めている。日本国内でもこれらの認証取得が相次いでいる。
森林管理協議会(Forest Stewardship Council、2001年1月現在の会員は55カ国、461機関)は、環境団体、林業者、木材取引企業、先住民団体、地域林業組合、林産物認証機関などの代表者により1993年に設立された非営利組織で、森林及び林産物の評価、認定する活動を行なっている。環境保全に配慮しながら、経済的にも継続可能な森林管理を推進することを目的としており、現在、森林の適切な管理を評価認証する森林管理認証(Forest Management Certification)、森林認証の木材を使用したことを保証する生産物認証(Chain of Custody)の2つの認証を実施。認証木材にはFSCロゴマークを添付できる。欧米ではFSC認証製品を優先的に購入しようという企業グループ「バイヤーズ・グループ」も設立されてきている。現在、米国、英国、オーストラリア、オーストリア、オランダ、スイス、スウェーデン、スペイン、ドイツ、ベルギーなどで設立されている。例えば英国のバイヤーズ・グループの「WWF1995プラスグループ」は、参加社数90社で、扱う林産物量はイギリスの木材総消費量のおよそ15%を占めているというから、林業事業者、資材メーカー、製品メーカーにとって認証取得は高い付加価値となっている。バイヤーズ・グループ参加企業や認証木材・木材製品供給企業は、環境団体等からの支持を受けるとともに、環境リスクを回避した新たなビジネスチャンスをつかんでいる。
FSCに認定された認証機関により、すでに36カ国、280カ所(約2100万ヘクタール)の森林が認証されており、日本でも三重県の速水林業、高岡郡梼原町の梼原町森林組合、庄原林業所が管理するのアサヒビールの社有林「アサヒの森」、東京農工大学の所有する群馬県・草木および大谷山演習林、栃木県・唐沢山演習林、埼玉県・埼玉演習林が森林管理認証を、伊藤忠、三菱製紙、高岡郡池川町の池川本材工業が生産物認証を取得している。さらに環境先進県を掲げる三重県は、FSC認証支援事業を2001年度から開始、2001年度中に宮川流域内の2カ所で取得を予定、また将来的には全県流域での取得を目指している。
国内初の認証となった速水林業では、「認証取得の新聞記事を見て、大手住宅メーカーや2x4メーカー、設計関係者から問い合わせが相次いだ。海外からの引き合いもあった」と市場での反応は上々。日本でもWWFジャパンが国内のバイヤーズグループづくりを進めており、国際的な市場も見据えると今後、認証取得は必須となってきそうな気配だ。
森林認証制度には、PEFC(欧州森林認証組織)、AP&PA(米国林産及び紙パ協会)のほか、1998年3月に発行されたISO14061もある。森林経営に環境負荷の軽減をシステムとして組み込むための規格で、カナダやスウェーデン、英国など数カ国で認証取得した企業が現れており、日本では住友林業が審査を受ける準備に入っている。
森林伐採規制とグリーンGDP
また現在、国際的に森林の伐採規制が叫ばれている。実際のところ、森林保護、あるいは森林の乱伐により発生する水害防止などの観点から、中国やブラジル、マレーシア、インドネシア、カナダなど伐採規制、もしくは輸出制限をしている国は少なくない。
こうした動きを後押しする考え方として、グリーンGDPの概念も徐々に浸透しつつある。グリーンGDPとは世界資源研究所(WRI)が示した環境勘定の手法で、環境汚染による被害や森林を始めとした自然資源の減少の経済的価値を評価し、この分を現行のGDPから差し引くというもの。たとえばインドネシアに関していえば、1971年~1984年にかけての年平均7.1%のGDP増加率は、この手法で修正を加えると年平均4.0%に留まるといわれる。
こうしたことを考え合わせると今後、海外からの木材輸入はより厳しさを増すことが予想される。国産材利用をいかに増やすか、つまりは林業活性化、森林管理の徹底、森林保全は今後の国策として大きなテーマとなることは間違いない。
株式市場では昔から「国策に乗れ」と言われてきたように、国策により新たなビジネスニーズが生まれることは少なくない。森林保全に関連したビジネスでも今後、既存の林家、林業事業体、さらに近年、林業従事者の高齢化等により林業生産活動の外部化が進んでいることから増えている育林・森林組合からの請負などを業務とする林業サービス事業など以外に、新しいビジネスの成長が期待される。
例えば、リモートセンシングやGIS(地図情報システム、ジオグラフィック・インフォメーション・システム)を活かした森林管理支援、森林GISマップの作成などは今後、出番が増えそうだ。これから求められる森林の適正な評価、手入れ不足による森林機能の低下抑止、森林計画の策定などには、森林計画図などの図面をコンピュータに記録させて、面積、樹種、林齢などの属性情報と関連付けできる森林GISのシステムは不可欠となる。すでに新潟県や三重県などいくつかの自治体で導入されており、今後は地球観測衛星によるリモートセンシングとの組み合わせが課題となる。現在、事業化が模索されているリモートセンシング分野の活用どころとしても期待されている。
一方、森林認証制度では審査・認証ビジネスが挙げられる。FSC認証では、FSCに認定された認証機関SCS(アメリカ)、ソイル・アソシエーション ウッドマーク(Soil Association Woodmark)(英国)の日本事務局として、廃棄物コーディネートなどを手掛ける環境ベンチャーのアミタ(東京都千代田区)が展開している。日本人審査チームのコーディネートや、認証の現場作業のサポート、生産物認証について社内の審査メンバーによる審査を実施。国内初の認証企業、速水林業も同社が手掛けた。
さらに認証ビジネスとしては、温暖化ガス排出権取引をにらんで、第三者機関による森林のCO2吸収量認証サービスも登場。さまざまな検査・審査・認証事業を展開するSGSと国際航業は、京都議定書発効を前に「森林吸収源認証プログラム」を事業化した。企業などの保有林や植林によって得られた森林のCO2吸収量を定量的に算定し、第三者的な立場から認証するサービス。特徴は、吸収源としての機能を数値化すると共に、生物多様性や環境保全の視点も取り入れ、本来の意味での森林の持続性などに注目している点で、価格は1000ヘクタール当たり800万円前後。国内だけでなくアジアなどの周辺国でのサービス展開も視野に入れる。SGSのISOやFSC森林認証など認定機関としてのノウハウと、国際航業の調査・測量技術を生かして、5年後に20~30億円の売上げを目指す。
また今後の森林保全関連事業では、建設産業の動向がキーとなってきそうだ。その理由のひとつは、森林保全=林業再建のひとつの鍵ともいえる間伐材の用途が、問伐材の用途としてはパーティクルボード、木質セメント板、断熱材兼用型枠、化粧型枠など公共施設や土木事業用に用いられるものが多いためだ。さらにいえば今後、建設資材リサイクル法によりリサイクルが義務づけられた木質系廃棄物の活用として、現在、森林組合や自治体などが林業活性化、地域振興を狙い議論を活発化させている間伐材チップなどによるバイオマス発電事業化で両者が接近、共同しての事業立ち上げも予想される。
また、不良債権の最終処理や公共事業費削減に伴い離職者増大が見込まれる建設業に対する施策を議論している「建設産業の構造改革に伴う円滑な労働移動に係るプロジェクトチーム」(厚生労働省、経済産業省、国土交通省)が2001年9月に「建設産業の構造改革に伴う円滑な労働移動に向けた対応策についての提言」をまとめた。その中で、建設会社が産業廃棄物のリサイクルなど新規事業を行なう場合、税制優遇措置や政府系金融機関からの低利融資などで支援するといった施策とともに、森林保全管理(間伐等)などへの建設産業従事者の活用を挙げた。都道府県が民間企業やNPOなどに事業を委託する「緊急地域雇用特別交付金」で、これまで対象外だった建設・土木事業も対象にして、地方土木作業員の労働力を森林整備へシフトするというもの。今後経済産業省が林野庁と詳細を詰めていくが、実現すれば少なからず林野業界にインパクトを与えそうだ。
このように、日本の森林の荒廃と林業の衰退は深刻な問題だが、政策の転換や国際的な森林認証制度の導入などにより、徐々に改善の兆しが見え始めている。持続可能な森林管理と林業の再建に向けた取り組みが今後も進展していくことが期待される。
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