新説 時そば――蕎麦の数���知恵の罠 関孝和、江戸の夜に��す

新説 時そば――蕎麦の数と知恵の罠 関孝和、江戸の夜に試す

冬の夜、一人の男がふらりと夜鳴きそばの屋台にやってきた。寒さに震えながらも、湯気の立つそばを前にすると、心がほっとする。「熱いねぇ、うまいねぇ」と言いながら、ゆっくりとすすり、味わいながら食べる姿は、まさに江戸の庶民の風情そのものだった。

そばを食べ終えた男は、代金を払うために懐から小銭を取り出し、「いち、にい、さん……」と、一枚ずつ丁寧に数えながら手渡していく。そして、ちょうど八枚目のところで、不意に「ところで今何時だ？」とそば屋の主人に尋ねた。そば屋の主人は、少し考えるような素振りを見せたが、「九つ（午後9時）」と答える。その瞬間、男はさっと次の小銭を一枚抜かし、何事もなかったかのように「十、十一！」と数え続けた。そば屋は特に気にすることもなく勘定を受け取り、男は満足げにその場を後にした。「よし、一文儲けた！」と、男は得意になって歩いていく。

しかし、このそば屋の主人、実はただのそば屋ではなかった。実は、江戸時代の天才数学者 関孝和 であったのだ。彼は、江戸の町人たちの数学的リテラシーを調べるために、そば屋を装って庶民の計算力を観察していたのである。そば代を数え間違える者はいるか、そろばんを使わずに暗算ができる者はいるか、そんな観察を密かに行っていたのだ。

数日後、この話を聞いた別の男が、同じ手口を試してみようと意気込んで、そば屋に向かった。彼もまた、そばを注文し、「熱いねぇ、うまいねぇ」と言いながら、男のやり方を真似てのんびりと食べた。そして、代金を払う際、同じように「いち、にい、さん……」と数えながら、抜かすタイミングを見計らう。そして、八枚目のところで「ところで今何時だ？」と尋ねた。

しかし、その日、そば屋の返事はこうだった。「四つ（午後4時）」。男は一瞬「しまった！」と思ったが、時すでに遅し。「五、六、七……」と続けるしかなく、結局、一文どころか五文も余計に払ってしまうことになった。「ああ、損した！」と悔しがる男の姿に、そば屋は何も知らぬ顔をしている。だが、その目の奥には、ある種の計算が見えていた。

関孝和は静かにそば屋を畳むと、筆を取り出し、一言書き記した。
「町人の計算、なかなか侮れず。ただし、欲に目がくらめば、数の理も狂う。」
彼の記した言葉は、後の和算の発展に微妙な影響を与えたという説もあるが、それが本当かどうかは、今となっては定かではない。