2018年11月23日金曜日

「環境立国」と外資系の発想 環境ビジネスここがポイント 1999.06

3年前、日本企業において環境ISOへの関心が高まりつつある頃、私たちの海外ネットワーカーである英国の環境コンサルタントはこんなことをポツリと言った。「工場や事業所内の環境改善を考えたら、まず大気汚染防止の取り組みは日本はかなり進んでいて私たちの出る幕はない」と。日本の場合、重度の公害対策の中で、諸外国と比べると卓越した防止技術力を獲得した。彼はさらに「日本に限らずアジアでの大気汚染防止関連のビジネスは最初から無理である。つまり、「制空権」は最初から日本に握られているから」といった。言いえて妙だった。 その後、彼は水処理関連のコンサルを日本の自治体や工場へ仕掛けていった。しかし、日本での成果は今ひとつだったらしい。非競争的な取引がまかり通っているというのがその理由だった。一方、アジアにおいてはかなりの成果をあげたと聞いた。私はある日、OECD(経済開発協力機構)の調査資料の中に発展途上国での公害・環境への取り組みのきっかけがその国のGDPのひとつの指針になることを知った。GDP2000ドルを達成すると、上、下、排水、廃棄物の順に取り組みが始まり、GDP15000ドルになると上水、排水、汚水処理、廃棄物、大気の順を踏むというものだった。なるほど。
そして彼は現在、日本において「環境会計」の提案を積極的に行っている一方、工場内の土地評価のコンサルを始めた。土壌の汚染度を調査・分析し、工場跡地を含む工場敷地内の土地の不動産評価の中に環境基準を織り込もうという発想なのだ。外資系の環境ビジネスへの意欲というか、したたかさを垣間見た。
そういえば、環境ISO、ESCO事業、エコホテルなど環境コンサルが次々と日本に上陸している。いずれも日本の企業の環境配慮におけるウィークポイントをついてきている。今後、そうした流れは続くだろう。日本の環境ビジネス分野で技術系と比べて人文系の市場規模は約16分の1の1兆5000億円程度だ。「環境立国」となるためには、そうした外資系の発想が必要なのだ。